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<title>とくしまマラソン</title>
<link>http://150.59.102.31/sports_show_day/08tokuma/</link>
<description>とくしまマラソンの新着ニュースを紹介します</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright(c)1998-2006,.</copyright>
<pubDate>Sat, 26 Jan 2008 14:10:03 +0900</pubDate>
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<title>西条大橋と高瀬潜水橋</title>
<link>http://150.59.102.31/sports_show_day/08tokuma/blog/index.html?article_id=12012754184464</link>
<description>　最後は、折り返し地点付近で見ることができる、吉野川名物潜水橋と、ランナーのみなさんが北岸から南岸に渡る橋を紹介します。
吉野川にかかる最も新しい西条大橋と、戦後間もないころにできた高瀬潜水橋の二つを紹介します。
　西条大橋は阿波市西条から吉野川市鴨島町牛島を結ぶ全長七百三十四メートル。二〇〇四年三月に完成したばかりの吉野川で最も新しい橋です。周囲の景色を考えて設計され、最大の特徴が橋の中央部にある白い大きなアーチです。堤防から見ると、巨大な白い半円形のくしが吉野川に刺さっているように見えます。
　高瀬潜水橋は、一九五四（昭和二十九）年に完成した潜水橋です。全長五百二十二メートル。石井町西覚円から上板町高瀬までを結びます。昭和の初めには、この場所に木製の有料橋がかかっていましたが、増水するたびに流されていました。
　一九四五（昭和二十）年に太平洋戦争が終わってしばらくは、橋をかけずに渡し舟を使っていました。五二年に潜水橋の香美橋、大野島橋、一条南橋、五三年に抜水橋の阿波中央橋が完成しました。しかし、どれもこの地域から離れていたため、地域住民が要望してかけられました。
　潜水橋は川の水が増えたときに川に沈む構造で、流れを妨げる欄干が設けられません。このため、橋を渡る人に姿が水面に映りよく写真や絵画の題材にされます。</description>
<pubDate>Sat, 26 Jan 2008 00:36:00 +0900</pubDate>
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<title>六条大橋と名田橋</title>
<link>http://150.59.102.31/sports_show_day/08tokuma/blog/index.html?article_id=12012753817483</link>
<description>　３回目は、１０～１５ｋｍ付近で見ることができる橋を紹介します。
吉野川下流に並ぶ六条大橋と名田橋は、とてもスマートな橋です。この二本を紹介します。
　六条大橋は上板町六条と石井町藍畑を結ぶ全長六百八十メートルで、一九七〇（昭和四十五）年に完成しました。この橋ができる前には、有料の木橋がありましたが、洪水で流されてしまいました。その後、橋が作られずエンジンのついた渡船が行き来していました。
　名田橋は六三年に完成した全長八百メートル。藍住町名田と徳島市不動北町を結びます。全国二例目となるプレストレスト・コンクリート（ＰＣ）橋という当時の先端工法でかけられました。
　当時、長い距離にコンクリートの橋をかけると、橋げたが重くなりすぎて無理がありました。この工法だとコンクリートに埋めたＰＣ鋼線が橋げたを締めつけ、長いコンクリート橋をかけることができます。
　しかも、川の両岸から中央に向かってかけていくので、船の往来を妨げずに工事ができました。その後、この工法は高速道路に多く使われました。
　どちらの橋も、高度経済成長と呼ばれ、日本人の暮らしや経済が大きく変わる時期にできました。見た目のスマートさから想像もできないほど多くの自動車が通り、私たちの生活を支えています。</description>
<pubDate>Sat, 26 Jan 2008 00:35:00 +0900</pubDate>
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<title>高徳線吉野川鉄橋と四国三郎橋</title>
<link>http://150.59.102.31/sports_show_day/08tokuma/blog/index.html?article_id=12012753409675</link>
<description>　２回目は５～１０ｋｍ付近で見ることができる２つの橋を紹介します。
吉野川も河口に近づくと、徳島市をはじめ大きな街が増えてきます。橋は街の人たちの暮らしを支えています。
　今回はＪＲ高徳線の吉野川鉄橋と四国三郎橋を紹介します。
　ＪＲ高徳線吉野川鉄橋は、吉成駅から佐古駅間に架かる全長九百四十九メートルです。一九三四（昭和九）年に完成しました。
　四つの橋脚を一つの橋げたでつないだ構造で、当時の最新技術を使い、全国からとても注目されました。その後、この技術は東海道新幹線の鉄橋に生かされました。
　四国三郎橋は一九九八年に完成した新しい橋です。徳島市応神町東貞方と同市不動東町間の約九百十一メートルを結んでいます。ピラミッドのような形をした斜張橋が最大の特徴です。
　名前は一般公募され、二番目に多かった「四国三郎橋」になりました。最も多かったのは「平成橋」ですが、県外へのＰＲ効果や地域性を考えて決まりました。</description>
<pubDate>Sat, 26 Jan 2008 00:34:00 +0900</pubDate>
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<title>吉野川大橋と吉野川橋</title>
<link>http://150.59.102.31/sports_show_day/08tokuma/blog/index.html?article_id=12012741015761</link>
<description>　吉野川はその昔「橋を見るなら吉野川に行け」といわれたほど様々な橋が架かっています。ランナーみなさんも多くの橋を見ながら走ることでしょう。ここで、マラソンコース上にある橋をご紹介します。
　吉野川の河口に架かり徳島の大動脈といえる吉野川橋と吉野川大橋を紹介します。
　吉野川橋は、徳島市応神町古川から同市吉野本町を結ぶ全長約千七十一メートルです。一九二八（昭和三）年の完成当時は、東洋一の長大橋といわれました。全国から橋を見学する人々が絶えなかったそうです。
　現在でいえば、大鳴門橋や明石海峡大橋のようなものだったのでしょう。
　完成から七十七年。大きな台風や南海地震にも壊れることはありませんでした。眉山を背景に美しいアーチがいくつも重なって吉野川に架かる姿は、徳島を代表する景色になっています。
　吉野川大橋は、徳島市川内町鈴江から同市東吉野町を結ぶ全長約千二百三メートルで、二本の橋が並んで架かっています。吉野川橋と比べると特徴のない形ですが、幹線道路の国道１１号が走り、一日平均約七万四千台もの交通量があります。
　この二つの橋は地元の人々に「旧橋」、「新橋」と呼ばれ、兄弟橋のように親しまれています。</description>
<pubDate>Sat, 26 Jan 2008 00:14:00 +0900</pubDate>
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